米沢織の魅力大解剖 vol.4『筬園』

探究心とたゆまぬ努力
ゼロからイチを生み出す筬園の着物づくり

江戸時代後期に絹織物の産地として栄えた山形県米沢市。現在、30もの工房が米沢織の伝統の技を受け継いでいます。米沢織の一番の特徴といえるのが、それぞれの工房でオリジナリティを打ち出していること。糸づくりをはじめ、染めや織りの技法など、先人の叡智を大切にしながらも、40代、50代の若い世代が革新を起こしています。
三代目の猪俣壮市さんが代表を務める「筬園」もそのひとつ。「先代と同じことをしてもつまらない」と、自身への挑戦ともいえる画期的な織物製品を次々と開発されています。そこで今回は、独特なグラデーションと光沢が美しい猪俣さんの代表作「揺らぎ織」の魅力を中心に、「筬園」の着物づくりに対する姿勢に迫ります。

「揺らぎ織」の開発に2年の歳月
既成概念への疑問が出発点

独特な配色による手染めのグラデーションのある糸を緯糸に用い、織りで表現した地模様が優美な光沢をたたえる「揺らぎ織」。経糸は一色ですが、濃淡のある緯糸の発色が作用し、ニュアンスのある表情をもつ着物に織り上がります。そして、反物の両端から三角形にのびるグラデーション。これこそが、「筬園」が編み出した唯一無二の技法であり、他では真似のできない絶妙な暈しが揺らいでいるように目に映るのです。

例えば、経糸がベージュ系なら、全体が優しく柔らかい印象になり、黒系だと鈍い光沢感が引き立ち、スタイリッシュな雰囲気となります。地模様は、真四角の市松模様ではなく、あえて乱市松模様に。その理由は、着装したときにすっきり見えるよう、縦のラインを強調したといいます。

実はこの「揺らぎ織」、開発に2年の歳月がかかったという苦労の末に誕生した織物なのです。開発に至った背景には、「なぜ、綛糸(かせいと)は63cmを標準としているのか」という、既成概念に対する疑問から始まったといいます。

ないなら自分で作る
試行錯誤し完成した独自の糸巻き枠車

「この大きさは、かつて誰かが考えて標準化されたわけですが、反物の幅よりかなり広いです。これって、無駄なんじゃないかと思い、反物幅に合わせて38cmにしてみようと思ったのがきっかけでした」と猪俣さん。

「揺らぎ織」の開発で最もご苦労されたのが、反物幅に合わせるための糸を巻きつける枠車づくりだったそう。綛糸の一般的な糸巻きの枠車の枠周は159cmですが、猪俣さんは独自で枠周94.7cmの枠車を製作。染めた糸をこの“小枠車”に仕掛け、グラデーションを出すための緯糸を準備していきます。糸を均等に巻いていく機械は、なんと昭和25年製のもの。部品が壊れても、もう手に入らないことから、ご自身で部品を作っては、付け替える作業をされています。

反物幅に合わせたことで、生地の軽さは実現できたが、1色では面白くないと、2色に染め上げたことで、さらなる発見があったといいます。
「標準幅の綛糸を2色に染めて織っても単調な横段にしかならなかったのですが、反物幅にしたところ、三角形のグラデーションが出るようになったのです」。

過酷な手染めの現場
苦労から生まれる思わぬ副産物

「揺らぎ織」は特に緯糸の染め具合のバランスが仕上がりを左右するため、最も重要な工程でもあります。「筬園」で代々受け継がれている“色の組み合わせ”を基本にしながら、染料の調合も独自開発したMyスプーンを使用し、色づくりをされています。

「青とオレンジを混ぜて黒にしたり、青と黄色を混ぜて青にしたり。2色を同じ分量で作っても楽しくないので、割合を7対3にすれば、黄色がかった黒になるので、配色の無限の可能性を追求しています」。

「見学にいらした方によく驚かれます」というのが、ステンレスの棒を使った過酷な染めの手法。着物一反分の糸をステンレス棒にかけ、染料の中に半分だけ漬けます。漬ける時間はだいたい10〜15分。一反分の糸だけでも重量がありますが、染料を含むことでさらに重さが増します。片方が染まったら、反対側も同様に。その間、中腰で糸および沸騰している染料液と対峙します。

「夏は地獄ですね(笑)。冬場は工場が雪で埋まるため、一酸化炭素中毒にもなりやすく、換気しながら命がけの作業をしています。腕が疲れると、自然と棒が傾いてくるんですよ。『だったら、物干し竿のようなものに糸を掛けて染めれば楽なのでは?』と思われるでしょう? でも、棒が傾いたら、それはそれでグラデーションの割合が変化して良い柄になったりします。疲労の賜物ですね。2つとして同じものができない。それがステンレスの棒を使った手染めの醍醐味です」。

ほかには真似ができない
「筬園」ならでは着物づくりを追求

発色の強い、インパクトのある色合いを得意とする「筬園」。それらは、伝統的な呉服の色というよりも、着物をファッションとして楽しめる洋服の色に近いものがあります。

「ものづくりの世界において、『あれなら、うちでもできる』と思われたら意味がありません。筬園でしかできない、米沢以外の他の産地さんでもできないものをいかに作るかを意識して『揺らぎ織』が誕生しました。色に関しても、着物好きの方が、うちの着物を見かけた時に『あれは、筬園の色だ』と、認識していただけるものを目指しています。

筬園の伝統染色技法
紅泥による下染が独特な風合いを生む

筬園の歴史は旧藩時代まで遡ります。殿様へ献上する野菜畑(御菜園)のあった所に織物工場を建てたことから、「筬園」の名で創業。初代は、紅花染めによる紬を数々生み出し、二代目は、後染めの紅泥染を開発して商品化を成功させました。そして三代目の猪俣さんは、「揺らぎ織」をはじめ「紅泥籠染絞り」「括り絞り」など、様々な染めの技法の着物を独自の世に送り出しています。

これらは猪俣さんによる新しい挑戦ではありますが、先代の技法も作品には取り入れられています。それが赤土と紅花をブレンドした紅泥染という筬園の伝統的な染色技法です。まさに伝統と革新。「揺らぎ織」が放つ光沢の秘密は、この紅泥染にあるのです。


下染めに紅泥を使うことで生地に生まれる柔らかさと独特の輝き。体の動きや照明によって色が異なって見えるのも「揺らぎ織」の魅力です。また、コンパクトに畳める上、シワになりにくく、着物をふわっと広げると、床に着くまでにたっぷりと空気をはらみ、その滞空時間の長さから、生地の軽さが伺えます。

探求心から生まれる
独創性豊かな「筬園」の作品

あらゆる道具を手作りし、ゼロからイチを生み出す、染織界の発明家ともいえる猪俣さん。その理由を、幼いころの遊び場が工房だったからこそ、染めや織りへの興味が深いといいます。


「学校でデザインを学んだからできることでもなく、机に向かっているだけでもアイデアは浮かびません。試行錯誤しないと見えてこないものがたくさんあります。『次はこうしてみよう!』と考えるのが、とにかく楽しいです。分業制だと、こんなことできませんからね」と、少年のように目を輝かせて語る猪俣さん。

探求する心から生まれる独創性に満ちた「筬園」の着物たち。発明家・猪俣さんの挑戦から目が離せません。

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取材協力/筬園
山形県米沢市中央5-2-104
TEL:0238-23-6001

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