世界に誇る美の逸品 vol.2『帯屋捨松』<京都>

図案だけでなく糸の配色や機も織る
一貫性のこだわりが魅せる
独創性に満ちた美しき世界観

捨松の新作帯

京都・西陣の地において、帯専門の織元として170年の歴史をもつ「帯屋捨松」。独創性溢れる意匠と配色に対する圧倒的な美意識で、着物愛好家の心を掴む帯を生み出しています。「帯屋捨松」が、創業から現在までの長い歴史において、多くの人々を魅力し続けるのは、伝統を大切にしながらも、時代の変化に応じた革新にありました。“手間を惜しまない帯づくり”を創作の基本として掲げる7代目社長の木村博之さんと、奥様で意匠を担当されている葉子さんにお話をお伺いしました。

「帯屋捨松」の運命を変えた
天才図案家との出会い

一度耳にしたら忘れない印象的な名前「捨松」。木村さんの曽祖父の名前が“捨松”だったことから、かつての社名は「木村捨織物所」といいました。当時は、日常に使う帯を量産していた織屋でしたが、戦後の着物離れで経営が傾き始めたそう。1960年に木村さんが生まれると、お父様の弥次郎さんが一大決心をし、天才図案家、徳田義三氏に弟子入りを申し出ました。

京都にある捨松の外観

徳田氏といえば、作家の個性より伝統を重んじる西陣織の世界に一石を投じた伝説の人物。天才肌でこれまでの西陣の帯にはない芸術的な図案を制作し、多くの問屋が仕入れを熱望したといいます。それほど有名な先生に師事できたということは、弥次郎さんには相当な絵心と感性がおありだったのでしょう。

「いえ、父は徳田先生の指導が理解できず、毎日怒られてばかりだったと聞いています。図案を逆向きに使っていたこともあったそうです(笑)。でも、真面目で研究熱心な人間でしたので、その姿が認められたのだと思います。美術館に行ったり、本を見たり、寸暇を惜しまず勉強していました。仕事が終わったら、徳田先生の所で夜中まで過ごす生活を15年ほど続けていました。もちろん休みはありません。よくトイレで寝たと言っていました」。

弥次郎さんがそこまで苦労しても守りたかった家業の帯づくり。やがて、徳田氏から「量から質への転換」を助言されたことで、「帯屋捨松」の運命が大きく変わっていきます。当時、250台あった織は、一気に80台にまで減少。徳田氏の芸術品ともいえる難解な図案を表現できる織り手が限られたからです。徳田氏が掲げる高い理想と現実の間に苦悩しながらも、帯屋の誇りをかけて守った美意識と高い品質。徳田氏は、現在の名称である「帯屋捨松」の名付け親でもあります。

図案を描いて機も織る。
この一貫性が「帯屋捨松」の特徴

「帯屋捨松」では、すべての図案を社内で起こしています。さらに、図案を書く人が糸の配色もし、機も織ります。これは、とても珍しいことで、徳田氏に従事して以来の伝統だそう。糸や織りの知識があることで、図案を描く段階から、どのような帯に仕上がるか想像でき、構想の段階から高い精度の帯づくりができるのです。つまり、図案を起こした人が、商品化までを総合プロデュースができるのが「帯屋捨松」の強み。そのため、入社後には勉強会があり、絵だけではなく機織りを学び、組織の知識も深めていきます。

捨松の図案を書いている様子

「帯屋捨松」には、創作の心臓部ともいうべき資料室があります。弥次郎さんが集めた本や、廃業した工房から引き取った書物など、和書だけでなく洋書の美術本やインテリア雑誌、テキスタイルの本などが並んでいます。中には、時代を感じさせるヨーロッパのファッション雑誌もあり、それらはインスピレーションを高める資料として活用されています。

帯屋捨松の資料室

帯屋捨松 資料室2

徳田氏から学んだ図案の美学は受け継がれ、葉子さんも弥次郎さんから指導を受けたといいます。
「義父からアドバイスされたのは『きちっと描くな』ということでした。手描きの良さを出すため、あえて左右対称に描かず、ずれたり、歪んだりすることで温かみや味わいになると。図案の描き方も様々で、ガラス板や和紙を使ったり、クレヨンで描くこともあります。どのように表現すれば、創りたい帯に近づけられるのかを考えて道具を選びます。雰囲気を変えるため、紅型や江戸小紋のように、型を切り抜き、ステンシルのように色をのせたこともありました。掠れたり、グラデーションができるので、柔らかい雰囲気を出すことができます。彫刻刀で版画をしたこともあります」。

帯屋捨松の図案。ステンシル

こちらの図案は、葉子さんが3ヶ月もかけて完成させた渾身の作品。背景の色だけでも、金の上からセピア色を塗り重ねるのに数週間を要し、花、そして鳥への描写に展開していったそう。

帯屋捨松

「鳥と花のバランスを見ながら、絵が繋がるように描き足していきました。糸の配色もしましたが、100色くらいは使っていますね。とても細かい作品ですが、織りでどこまで再現できるのかを理解しているので、最終的に図案通りに織り上がりました」。

葉子さんの芸術的な最新作(2023年時点)「モザイクバード」は、図案を制作する際、下絵なしで、ちぎり絵のように実際に色紙を切って並べた大胆なもの。紬糸とコマ箔を生地に織り込み、ちぎった紙の雰囲気をも織りで表現した圧巻の袋帯に仕上がっています。

帯屋捨松のモザイクバード

秀逸な色彩感覚が光る
奥行きを演出する糸の配色テクニック

図案が完成すると、糸の配色の工程に移ります。一本の帯に使う豊富な色数も「帯屋捨松」の大きな特徴です。色糸や金糸を4、5本合わせて一色に見せるなど、組み合わせによる無限の可能性の中で熟考しながら、図案で表現した色合いの追求をしていきます。最大で1本の帯に200色もの糸を使ったこともあるそう。そして、配色の際に意識しているのが、徳田氏の感性を継承する“渋明るい”という表現。複数の糸を合わせると、様々な色が主張し、美しさが出ます。しかし、そこにあえて“渋さ”を加えることが「帯屋捨松」ならではの手法なのです。

帯屋捨松の糸配色

帯屋捨松の糸配色2

「例えば、正倉院など宝物が完成した当時は極彩色でしたが、時を経て剥がれたり、褪色に変化したことで、深い味わいを醸し出しています。私たちが表現しようとする帯も、経年変化した状態そのものを表現すると陰気なものになりますが、もともとベースには極彩色があったわけで、それを織りで感じていただけるよう、渋さの中にも美しい明るさが滲むよう工夫しています」と木村さん。

さらに葉子さんいわく、「義父がよく『渋くした中に毒を入れろ』と申していました。黒っぽいセピア色の中に、緑や青の糸を一本だけ入れてみる。すると印象が一瞬で変わり、織物にすると色糸がさりげなくのぞくので、一見、セピア一色のようですが、色糸一本の効果で奥行きが生まれます。糸の染色も自分たちですることもあり、理想に近づけるため、染め上がった糸に、さらに色を重ねることもしています」。

帯屋捨松

試し織りを何度もし、一色でも「違う」と感じたら、配色をすべて最初からやり直す。一色だけ変えたのでは、全体のバランスが崩れてしまうから。労力をいとわず、妥協は一切しない。すべては、「いかに良い帯を創るか」ということに尽きるといいます。

「帯屋捨松」を未来に継承するための覚悟

新型コロナウィルスの影響は西陣だけではなく、着物や帯の生産の基盤が次々と失われたことにより、創りたくても材料がない、技術がいないという危機的状況に置かれています。しかし、木村さんは「コロナは逆に良いきっかけになりました」と話します。

「このような時代だからこそ、突き詰めたモノづくりに特化していこうと強く思いました。それでダメなら開き直るくらいの覚悟で帯づくりに向き合わなければ、生き残っていけません。妥協して取り繕ったところで、未来はないと思います」。

かつて、時代の変化で傾きかけた「捨松」を、大きな決断によって建て直したお父様と同様、木村さんもまた、7代目としてその展望を明確に示してくださいました。「帯屋捨松」の作品に心揺さぶられる理由。それは、手間を惜しむことなく創作の真髄を極め、独創性に満ちた美しい世界観を追求する姿勢にありました。


関連記事:「日本の染め・織り事典/西陣織(京都)」

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帯屋捨松
京都府京都市上京区笹屋町通大宮西入桝屋町609
WEBサイトはこちら>>
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