「あま美屋」城 幸雄さん

「本場奄美大島紬特集」〜伝統と革新のひと vol.5〜
奄美大島が誇る紺碧の美しい海に煌めき立つ白波を織りで表現した『白波大島』。「あま美屋」の城 幸雄さんは、織物作家としてこれまでの本場奄美大島紬にはない意匠の作品を創り出しています。大島紬の愛好家が注目する『白波大島』の誕生秘話と展望についてお伺いしました。

奄美大島の海をイメージした
魅力溢れる意匠の『白波大島』

豊かな自然に恵まれた奄美大島は、手つかずの青い海も大きな魅力。陽射しにまばゆく輝き、夕陽の残照にきらめき、月影が静かに照り映える、そんな奄美の海の白波をイメージした大島紬があります。その名も『白波大島』。緯絣だけが波のように模様を描き出す織物で、「あま美屋」独自のアプローチで生まれた希少な大島紬です。工房の代表であり、織物作家として活躍する城幸雄(きずきさちお)さんの工房を伺い、『白波大島』誕生の経緯をお伺いしました。

幼少期から身近の本場奄美大島紬に
販売のプロとして関わって45年

『白波大島』を生み出した城さんは、織物作家でありながら、本場奄美大島紬の営業担当として、島中から選りすぐった反物を全国の着物愛好家に披露されています。百貨店などの催事で長く活躍されており、「高島屋」の人気催事『日本の伝統展』の鹿児島代表として毎年出展されています。1年の7割は島を離れ、本場奄美大島紬の販売活動を行なっているという城さんが、ご自分で織物を始めたのは何故なのでしょうか。

「コロナ禍で販売の仕事が止まってしまったのがきっかけでした。何かできることはないかと考えたとき、手つかずになっていた『あま美屋』の原料(絣糸)を使って、大島紬を織ってみようと思いました」。

織ろうと思ってすぐに着物を織ることができたのには、理由がありました。城さんの実家は織元で、城さん自身も幼い頃から大島紬に親しんできたのです。

「『城織物』という機屋を営んでいて、母が織り、兄が締機をやっていました。小さい頃は機場が遊び場で、織機に登って怒られたりしていましたね。糸を繰ってこずかいをもらったり、兄と二人で経糸の糊付けをしたりしていました」。

城さんは高校を卒業後、大島紬の工場に修行に出て、摺り込などの加工を覚えたといいます。しかし、1年で辞めて、自動車会社に転職。大島紬の世界に戻ったのは25歳の時でした。お母様が亡くなったことをきっかけに「俺もしっかりしなくては」と思うようになり、お兄様の助言もあって呉服屋に就職。以来、45年にわたって大島紬の販売に関わってきました。

手つかずになっていた絣糸を使い
独自のセンスで作品を織る

手つかずのまま残っていた「あま美屋」の原料である絣糸は、組合主催のデザインコンテストで入賞した評判のよい図案の絣糸でした。経絣糸は弱っていましたが、緯絣糸は使える状態でした。そのため城さんは、緯絣糸を活かして織ることを決意しました。

「経糸と緯糸を合わせる必要がないので織りやすいというのもありました。さらに、この図案を緯糸だけで織ったら白波を思わせる緯絣の入った大島紬が作れるのではないかと思ったのです。今までにない大島紬になるという予感がありました

城さんには「きっとお客様に喜んでいただける」という確信がありました。それは、売り場でお客様の声を直接聞いてきたからこそ、お客様が求めているものが分かっていたのです。大島紬のファンであればあるほど、今までに見たことのない柄を喜ばれます。城さんは同じ絣の青地の糸で横段をランダムに入れて、『白波大島』をモダンな雰囲気に織り上げました。

こうして完成した記念すべき1枚目は、展示会場に飾るとすぐに売れ、お客様は「変わっている柄で面白いわ」と喜んで購入されたそう。長年販売を続けてきた城さんですが、自分が織った作品が売れたのは初めてのこと。それは今までとは違った感動があり、『白波大島』を本格的に織っていく決意へと繋がりました。

お客様が求める大島紬を考え
これまでにない新しい織物を生み出す

城さんの工房には2台の織機があり、どちらもお兄様の奥様から譲り受けたもの。制作の様子を拝見すると、下に図案を置いて模様とあわせながら、爪で押さえて絣を丁寧に織っていらっしゃいました。

「爪で押さえながら織るのは、義姉のやり方。見ているうちに覚えたんですよ。次は経糸も絣を使いたいと思い、昨年自分で締機を完成させました。泥染めし、絣筵にして、板まきして置いてあります。ゆくゆく、今はあまり織られなくなった一元絣にも挑戦するつもりです」。

一元絣とは、経絣糸2本と緯地糸2本で模様を作る絣のこと。本来本場奄美大島紬は一元絣が一般的でしたが、現在は経絣糸1本に対して、緯地糸3本を組み合わせて模様を作るカタス絣が主流なのだそう。大島紬は5〜7cmほど織っては経絣糸を緩めて緯絣糸を動かし模様をぴったり合わせていく「絣合わせ」を行いますが、動かす糸本数が少ないカタスのほうが作業効率が良く、業界はほとんどカタス絣になりました。現在一元絣を手掛ける会社はほとんどないそうで「だからこそ一元絣に挑戦することは価値がある」のだと、城さんはいいます。

「実際に売り場でお客様に制作の背景を説明できるのも、『あま美屋』の強みですね。納得して買っていただけるので、安心して挑戦ができます。『白波大島』をさらに進化させ、これまで見たことがないような新しい着物をつくりたいと思っています」。

本場奄美大島紬を知り尽くした城さんならば、「見たことがない新しい大島紬」が誰よりもよく分かるに違いありません。今後も売り場に立ち、お客様の声を聞きながら、城さんは本場奄美大島紬の世界を広げていくことでしょう。

関連記事:「日本の染め・織り事典/本場奄美大島紬(鹿児島県)」

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織工房 あま美屋
鹿児島県奄美市名瀬春日町21-16 
TEL 090-3309-6479
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取材・文/白須美紀

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