産地/石川県
目次
自然美を絵画的に表現
武家文化の趣を感じる加賀友禅
今も昔ながらの手仕事が多く残る石川県。その独特な風土により、着物、茶道具、調度品、和雑貨など、36業種もの伝統的工芸品が長い歳月を経て伝承されてきました。その中のひとつ「加賀友禅」は、移りゆく日本の自然美を写実的に表現した優美な手染めの伝統的工芸品です。加賀五彩といわれる臙脂・藍・黄土・草・古代紫の深みのある色合いを基調とし、外を濃く、中心を淡く染める「外ぼかし」で奥行きを出す技法や、あえて虫食い跡のある葉を模様として配し、自然美のリアリティを演出する「虫喰い」で、趣を演出しています。鮮やかな色づかいで豪華絢爛な京友禅に対し、金箔や絞り、刺繍はほとんど用いず、染色だけで独特の世界観を創造しているのが、加賀友禅の特徴といえます。
今回、加賀友禅の魅力をお伺いするために訪ねた先は、“現代の名工”でもある加賀友禅作家の奥田勝将さんです。デザインから染め、縫製までを一貫して行う1905年(明治38年)創業の染工場「奥田染色」の3代目でいらして、1955年に2代目であるお父様・勝治さんに師事し、加賀友禅作家としてその才能を開花。2010年に卓越技能章・現代の名工に選ばれ、2014年には黄綬褒章を受章されました。御歳、84歳(2022年取材時)。現役で加賀友禅作家として活躍されています。
加賀友禅の歴史と京友禅との違い
加賀地方には、約500年前に「梅染」と称される加賀独特の無地染の技法がありました。江戸時代になると、模様が加わり、黒染めの兼房染や色絵、色絵紋などを総称して「加賀お国染」と呼ばれていました。やがて、京友禅の創始者で絵師の宮崎友禅斎が京都から金沢に移り住んだことで、大胆な意匠の技術が持ち込まれ、加賀友禅は確立し、飛躍的に発展していきました。
京友禅と加賀友禅。いずれも友禅斎によって伝承されたものですが、加賀友禅ならではについて、奥田さんが3つの特徴を説明くださいました。
「ひとつ目は、歴史的な背景の違いがあります。京都は都ですから、豪華絢爛でなくてはなりません。反対に加賀は、武家文化が開花した土地。武家好みの渋い色彩を基調に、控えめな美しさを湛えています。そして2つ目は、花鳥風月を絵画的に表現している点です。女性は、植物の美に対する意識が自然と感性に染み付いているのでしょうね。四季の花々への親しみもあることから、『加賀友禅は優しい』という印象を持たれるのだと思います。さらに3つ目は、彩色の技法です。『先ぼかし』という内側を淡い色で、外側を濃い色で、中から外に色を入れていく技法は加賀友禅ならではといえます。この染技法は、小さい模様を大きく見せるための知恵であり、着物全体を優しい雰囲気にするためのテクニックでもあります」。
今では希少になった浅野川での加賀友禅流し
かつて浅野川で盛んに行われていた「友禅流し」。染色後の糊や余分な染料を水のきれいな川で洗い流すこの工程は、川の水が冷たいほど繊維が締まり、理想の色に染め上がります。奥田さんは、修業時代に友禅流しを経験されたことのある、今では希少な存在でいらっしゃいます。
「金沢には、名前が付いている川だけで55本あります。昔は川沿いに染め屋が250件ほどあり、友禅流しをしていました。川面に友禅の花が咲き誇り、とても華やかなで美しい光景を目にすることができました。冬になると作業中に雪が体に積もってくるときもありましたが、染料が川の水で洗い流され、花々の模様が表れてくる瞬間は感動的でしたね。今は霊峰白山の伏流水を使い、屋内で洗っていますからね、ずいぶん楽な時代になりました」。
このように、加賀友禅は多くの手仕事の工程を経て作られている染色作品です。加賀友禅が伝統的工芸品として今残っているのは、歴代の職人たちの知恵と努力が、地元の人に受け入れられたことにあると奥田さんは話します。
「職人たちが、着る方に喜んでいただくことを一生懸命に考え、努力してつくったものが、地元の人たちに好まれたことが大きいですね。それが継続されて今日があります。時に『儲かるものをつくるぞ!』と思うこともありますが、それも努力のひとつ(笑)。そういった職人の想いが伝わり、愛され、加賀友禅は伝承されてきたのだと思います」。
描き過ぎないという美意識
削ぎ落とした中に宿る究極の美
奥田さんが職人として大切にしているのは、使われることを前提とした美、つまり「用の美」を生み出すこと。着て美しく見え、着やすいものであるために、加賀友禅の長い伝統に基づく技術や意匠、そして職人の手と心を大事にしています。
「力を入れて、描き過ぎる方もいらっしゃいますが、私は、削ぎ落としたものに美しさを感じます。着物は一幅の絵画になっていますので、いわば、動くアートです。その姿を見る方にも、そして纏う方に喜んでいただきたい。その想いは昔も今も変わりません」。
1905年創業の奥田染色では、約120年に渡り、加賀友禅の技術を伝承されています。奥田さんは、加賀友禅手描技術者として「加津」の落款を登録。型染めや手捺染の分野でも卓越した技術をお持ちでいらっしゃいます。
「最近、着物に落款が入っていますが、そもそも着物は実用品でしたから昔は入っていませんでした。時代が変わり、着物が嗜好品となったことで、職人たちが競って作り、作家志向に。それで落款を入れるようになりました。職人と作家に明確な違いはありませんが、『あなたの仕事は?』って聞かれた時に、『職人』と言うよりも『友禅作家』と答える方がカッコいいでしょ?」
繊細な文様を得意とする注目作家
姪・奥田雅子さんの活躍
奥田染色では、奥田さんの姪・奥田雅子さんもまた加賀友禅の作家として活躍されています。加賀友禅コンテストでグランプリを受賞されるなど、女性らしい柔らかい色彩と感性で、美しい友禅の着物を生み出しています。油絵やファッションデザインの勉強をしてきた経験から、和の彩りの中に新しい感覚を取り入れていらっしゃいます。
「友禅の楽しさは、絵をそのまま着ることができる点にあります。絵画を纏うのは、世界中で着物しかありません。ひとつの作品をつくるために多くの色を使いますが、染料を作っても、気温や湿度で変わることもあれば、蒸し方や水の温度でも変わります。全く同じものを2度と作れないという価値も、手染めの醍醐味でもあります」。
着物の“き”は、気持ちの“き”
心を動かす着物づくりが重要
加賀友禅の最盛期には約250人の職人さんが活躍していたそうですが、今では125人ほどに減少。
「医者と同じで、技術は仕事がなければ発揮できません。私の染めの技術も先輩からのいただきもの。そのお仕事もお客様からのいただきもので成り立っているわけで、こうして着物を作り続けていられることに感謝をしています」と、どこまでも謙虚な奥田さん。
「私たち職人は、着る方の要望を叶えるのが仕事です。伯父の言葉に『着物の“き”は、気持ちの“き”』というものがあります。つまり、心を動かす着物づくりが重要だと。美しいな、素敵だな、着てみたいなと思っていただく着物づくりに、これからも励んで参ります」。
手描き友禅の制作工程
- 図案作成
- 下絵
- 図案の上に白生地を重ねて下から照明を当て、ツユクサの花びらからとれた「青花」と呼ばれる露草の花の汁を用いて線を写し取ります。青花は水ですすぐと消えます。
- 糊置き
- 色が混じり合わないよう、もち米の粉を蒸して作った糊を筒に入れて絞り出し、細く糊を引く作業。生地の上で防波堤の役割を果たします。
- 彩色
- 糊を引いた輪郭の内側に筆や刷毛を使い、様々な色をさしていきます。
- 下蒸し
- 中埋め
- 「糊伏せ」ともいわれ、彩色された部分を糊で伏せ、次工程で地色を染める際にこの部分に色が入り込むのを防ぎます。伏せ糊は糸目糊に比べてやわらかく、粘度もあります。
- 地染め
- 刷毛を使って地色を染める工程。平均にむらなく染めるには、刷毛に含ませる染液の量や、刷毛を動かす力が一定でなければならず、集中力と熟練を要します。
- 本蒸し
- 地色が乾いたら「蒸し箱」という100度の蒸気の箱に入れ、約1時間蒸します。生地や染料により温度や時間を調整。
- 水洗い
- 流水で糊や余分な染料を洗い流す工程。
- 整理加工(湯のし)
- ゆっくりと蒸気をかけ、一定の幅にひっぱり、反物を整える作業。
型染め友禅の制作工程
- 図案作成
- 型紙彫刻
- 白生地板張り
- 色合わせ
- 型づけ
- 伏せ糊
- 地染め
- 本蒸し
- 水洗い
- 整理加工(湯のし)
茜やアーカイブギャラリー
工房の一角に設けられたギャラリーでは、加賀友禅の工程案内や体験スペースが設けられています。また、草花などの柄を組み合わせたオリジナルの紋様「花紋」のデザインオーダーを、人工知能(AI)を取り入れて制作するサービスを展開。対話の中から想いや好みを読み取り、その場でデザイン案を提案してくれます。その後、加賀友禅職人が手描きをして納品。データは保管され、自分だけのパーソナルマークで風呂敷やバッグなどを制作してくれます。
茜やアーカイブギャラリー
石川県金沢市里見町53-1
電話:076-223-8555
営業時間:10:00~17:00 毎週・土日祝営業
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取材協力/奥田染色株式会社
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