世界に誇る美の逸品 vol.4『秦流舎』<京都>

江戸時代に貴人を魅了した西陣御召
先人の技を伝承し、洗練された美を

追求する「秦流舎」の珠玉の織物

強い撚りをかけた緯糸「御召緯(おめしぬき)」を使用し、緻密な織りで細かなシボを特徴とする西陣御召。華やかな町人文化を作り出した江戸時代後期の将軍、徳川家斉が愛用していたことから、“高貴な方のお召し物”という意味をもつと伝えられています。御召は、先染め織物の中で最も高級とされ、柄ゆきによっては略礼装から洒落着まで、合わせる帯次第で幅広いシーンで楽しめるのも魅力のひとつ。そこで今回は、西陣御召の世界を探るべく、糸と織りにこだわり、現代に馴染む文様と色合いで洗練された美を追求している京都の「秦流舎」を訪ねました。

伝統的な意匠に現代的なセンスを融合
職人技が結集して生まれるこだわりの御召

巧みな織りで表現された優美なデザインに定評があり、多くのファンをもつ秦流舎。男性が代表を務める工房が多い西陣において、デザインから仕上がりまで、すべてにおける監修を行なっているのが、女将の野中順子さんです。京都・祇園出身の野中さんは、結婚を機に織物の世界に入り、現在は代表取締役として活躍されています。社員の8割は女性というウーマンパワーが溢れるチームで、繊細かつ優美なデザイン、そして一度纏ったら虜になる、極上の風合いの御召を生み出しています。

西陣のお召・秦流舎の社長の野中順子さん

秦流舎では、毎年テーマを決め、新作づくりに励んでいらっしゃいます。野中さんいわく、「女性は、物語があるものが好きですよね。作品の世界観をイメージしていただきやすいよう、テーマのネーミングも大事にしています」。

例えば、2022年秋冬のテーマは「結晶」。植物や氷、鉱山などをモチーフに、自然がつくりだす造形美を図案で表現。さらにこのテーマには、20もの工程からなる御召づくりの職人の技の“結晶”であることも込められています。「結晶」を表現すべく編み出したのが、衣麗織という奥ゆかしい光沢をはらむ生地。極細の強撚糸と畝のある特殊なオリジナルの撚糸でつくり出した陰影のある織生地に、光沢のある糸でディテールにこだわった織文様を描いた、まさに技の結晶ともいえる作品です。

西陣のお召・秦流舎の2022年のテーマ「結晶」の着物

取材時(2023年)に取り組まれていたのは、ヨーロッパレースをモチーフにした新作。図案を担当する中井春奈さんは、伝統的な意匠を大切にしながら、時代の流れやニーズを汲み取ったデザインを考案されています。毎回、織機の種類、糸種、織組織を考慮しながら、テーマに基づいた文様を描いていらっしゃいます。

西陣のお召・秦流舎で図案づくり

糸と織りの丈夫さだけではない
親子三代で受け継ぐことができる色彩

「親子三代、何十年にも渡ってお召いただけるのが秦流舎らしさ」と、野中さん。その理由は、御召の丈夫さだけではなく、色彩へのこだわりがあります。

「20代の時に買った着物が、60代になったら派手に思えて着られない、なんてことがないよう、地色は尖りすぎない、都会的な街に馴染む色合いで表現しています。かといって地味にならないよう、緯糸にビビットな差し色を使うなど、その時々のトレンドをポイントで抑えながら、飽きのこないデザインを追求しています。そのため、帯合わせがしやすく、コーディネートが考えやすい。30歳のお嬢様と60歳のお母様が、帯を変えたら兼用できるというのが、秦流舎のコンセプトでもあります」。

西陣のお召・秦流舎

西陣で唯一の専門工場で精練する
極上の風合いをもつ御召緯

御召の品質の要となる御召緯は、普通の糸と比べて製造工程が多く、一つ一つの工程の完成度によって、風合いが左右されます。極細の生糸を引き揃え、目的に太さになるよう合わせて撚りをかける「下撚り」。生糸の表面を覆うセリシンを取り除く「糸練り」。扱いが難しい強撚糸をムラなく染め上げる「糸染」。糸の芯まで均一に糊を浸み込ませる「糊付け」。そして、糊付けされた糸に八丁撚糸機を使い、1mに約3,000回もの撚りを入れる「本撚り」。それぞれの分野で卓越した技をもつ熟練の職人たちが、秦流舎の求めるクオリティを叶えるため、ひとつのチームとなって、究極の糸をつくり出しています。

西陣のお召・秦流舎の御召緯

今回、製造工程のひとつ「糸練り」を行なっている小林練染工場を訪問。創業100年以上の歴史をもち、西陣で唯一の精練加工を専門とする工場での作業の一部を小林昭夫社長が説明くださいました。こちらでは、セリシンを取り除き、糸をふっくらと仕上げる作業を行なっています。秦流舎からは、精練の度合いに関して細かい指示が入るそうで、実際に原糸および精練の度合いで柔らかく変化した糸、そして膨潤させて高さが増した秦流舎こだわりの御召緯を並べ、その風合いの違いを比較させて頂きました。

小林練染工場の糸練り

「秦流舎さんは、風合いに強いこだわりをお持ちで、『この硬さに仕上げて欲しい』と、それぞれの用途に合わせて指示があります。秦流舎さんが得意とする御召の場合、糸を練らずに膨らませています。理由は、「糊付け」の工程で糊が浸透しやすいようにするためで、強い撚りをかけた際、糊が糸を保護してスリップしない利点があります。そして「湯のし」すると糊が溶けて、撚りを戻そうとする力により、生地が縮んで特有のシボが出るのです」。

小林さんが、最後の工程である、糸の束を金属棒を使って滑らかに整える作業を実践くださいました。うねっていた糸が、光沢を増して整っていきます。

西陣の御召づくりを支える
研ぎ澄まされた技が冴えた製織

続いて向かったのは、強撚糸という特殊な糸と向き合い、熟練の経験と技で製織を担当する中本房夫さんの工房です。70代の中本さんは、高校卒業後、この道一筋で西陣の御召づくりに貢献している職人でいらっしゃいます。強撚糸は、糸に強い撚りがかかっているため扱いにくく、嫌がる職人も多い中、着尺13mという長さを根気よく織り上げる中本さんは貴重な存在。天然繊維ゆえ、気温や湿度で変化しやすい糸の状態を的確に読み取り、打ち込みを一定にするために重しをかけて調整していきます。それは、軽すぎても重すぎても許されない。糸の緊張感、張力のバランスが保たれるよう、卓越した感覚を研ぎ澄ませ、クオリティの高い織物を生み出されています。

中本房夫さんの工房

「御召は時間がかかる織りですから、糸や織機にトラブルが起きないよう、常に確認しながら作業しています。織機を修理してくれる方の高齢化も進んでいますので、不具合が起きたら、もう直せないなんてことも今後出てくるかもしれませんね」。

かつて西陣一帯では、織機の音が活気よく鳴り響いていたといいますが、今では織機の台数が減り、だいぶ静かになってしまったそう。多くの工房が時代とともに撤退していく中、中本さんは、お父様の代から受け継ぐ工房を守り、秦流舎の作品づくりを支えていらっしゃいます。

「秦流舎さんは、時に難しい織りを依頼されてきます(笑)。一瞬たじろぎますが、どうしてもと言われると叶えたくなる。それが、西陣の義理というものですから」。

御召の可能性を追求し創出する
タイムレスなエレガンス

西陣の織物の歴史は5、6世紀にまで遡るとされ、日本が誇る絹織物の代表的存在として、時代とともに発展してきました。秦流舎は、先人たちが継承してきた技を大切にしながら、現代的なセンスと高度な技術を活用し、御召の新たな可能性を見出しています。そのこだわりについて、野中さんは次のようにお話しくださいました。

「服飾史で記されているとおり、コルセットや十二単を纏っていた時代がありましたが、衣服は女性の地位が上がるほど軽くなっています。私が嫁いできた40年前は、着物一反の平均が900gもありましたが、今では700gをきるくらいです。軽くするため、細い糸を使う、経糸の数を減らすという方法もありますが、すると生地が弱くなる。私たちが着物づくりで大事にしていることは、体に美しく沿い、適度な落ち感があることです。そのため、糸づくり、経糸と緯糸のバランス、そして打込みにこだわり、密度が詰まっていながらも風合いに柔らかさを感じる御召を得意としています」。

お召

時代に左右されない、タイムレスなデザインと色合いで洗練されたエレガンスを演出してくれる極上の御召。美を追求する女将の感性と、職人とともに挑戦しつづける姿勢こそ、秦流舎が支持されている理由といえるでしょう。

秦流舎のギャラリー

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秦流舎
京都府京都市上京区新猪熊東町
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