個性が光る西陣織の織元3社が
チームで取り組む革新
個性あふれる西陣織の織元「今河織物」「京都西陣おおば」「西陣安田」の代表3人が立ち上げたクリエイティブユニット『N180(エヌ・ワンエイティ)』。YouTubeの公式チャンネルでは着物愛好家を惹きつける様々なコンテンツを発信し、イベントを開催すれば全国から参加者が駆けつける人気ぶり。着物業界に新風を吹き込む様子は、“西陣の閉塞感を180°ひっくり返す”という、ユニット名に込めた想いそのままの活躍で業界内外から注目を集めています。そんな『N180』の皆さんに、結成のきっかけや活動についてお話を伺いました。
編集部:「N180」は2024年で結成7年になりますが、どのようなきっかけで始められたのですか?
ちょうど僕と建ちゃん(安田)が一緒に出ていた売り出しのイベントがきっかけでしたね。
2人ともそのイベントのことで、モヤモヤしていたんですよ(笑)。
そうそう。「自分たちがこれから何十年も仕事を続けていくなかで、こんなことでいいのかな」という話になり、「じゃあ何かやろう」って建ちゃんが言ってくれたのが全ての始まりでした。
「2人だと多分揉めるからもう1人誘おうか」となり、左由夫(大庭)ちゃんに声をかけました。同じレベル感で話ができて、なおかつ違う視点で意見をくれたりする人がいいなと思って。
左由夫ちゃんの名前を聞いたら、もう他の人は考えられなかったな。
僕らは西陣織研修の同期やからね(笑)
もともと僕らは30年くらい前に、京都市の染織試験場(※現在は京都市産業技術研究所)が主宰する西陣織の研修コースに通っていて、半年間一緒に机を並べた仲なんです。
西陣織は家業でやっているところが多く、研修制度がありませんので、行政が代わりに開催してくれる。今も授業数は減ったものの開講されていて、若手が学んでいますよ。
けっこう細かいことまで教えてくれるんです。当時は週2回ほど授業があったから学校みたいでした。だからかな、不思議な連帯が僕らの根底にありますね。
それでいえば、我々が下の名前で呼び合うのも“西陣あるある”やろね。
家族経営が多いし、親戚も一緒に働いているから、会社の中はみんな苗字が同じ。だから自然に下の名前で呼ぶようになるんです。親の世代やそれより年長の重鎮たちも、お互いに“ちゃん”づけで呼び合っていますよ。僕らにはこれが当たり前やけど、よく考えたら変かもしれませんね(笑)。
編集部:和気あいあいとした雰囲気が魅力的です。3人の中での役割分担やルールはありますか?
役割分担は特になく、プロジェクトごとに自然にリーダーが決まって動く感じです。とはいえ、反対意見などはお互いにちゃんと言いますよ。
民主主義なので多数決がルールです! 3人だから絶対2対1になるんで、負けたら従います(笑)。
結成した時に「俺はこれだけは譲れない」というのを、1社につき1つだけ主張することにしたんですよ。
僕は1年くらいで終わるのだけは絶対に嫌だったので「すぐに答えはでなくても、3〜5年かけてじっくりやりたい」と言いました。
僕は「反省会が学園祭みたいになるのは嫌や」と。結果を見ずに「俺たち頑張ったよね」というのではなく、仕事ベースできちんと成果を出したいと思っていたんです。
「お客様に対してのブランディングをしっかりやりたい」と主張しました。結成してもう7年になるけど、この3項目は一切ブレていませんね。
2018年に開催した初の企画展「西陣彩考」の案内状
2018年に初めての展示会をやったんですけど、オレンジ、ブルー、パープルといった鮮烈な色目を選んで3社で作品の制作をしました。自社のビジネスと同等に取り組んだおかげで、1回目から成果が出せました。普通は各社ごとに分かれて展示するんですけど、3社の作品をミックスして、色別に展示したんです。この業界ではかなり斬新だったと思います。
片付けるのが大変やったけどね(笑)。
準備にも時間がかかったよね。2社から「うわーすげえ!」って思う製品が出てくるから、手が止まっちゃう。でも、そういうのがお互いに刺激になるし、面白かった。みんな試行錯誤して自分のところの“らしさ”を大事にものづくりしている。安田らしさ、今河らしさ、大庭らしさ、それぞれ自分とは違うけど「ありだな」と思っているから尊重し合えているんです。その“らしさ”をイベントやYouTubeにも反映させているのが、僕らのブランディングなんです。
編集部:尊重と信頼関係が厚い素晴らしいチームワークですが、お互いをどのような存在だと思ってますか?
建ちゃんはとにかく業界の内外に顔が広くて、予想外の面白い話を持ってきてくれます。国立国会図書館の担当の方と繋がって、そこからアーカイブ図案を利用したものづくりが生まれたりもしましたね。
貴重な図案をたくさん見ることができて、ものづくりができたのは勉強になりましたね。
建ちゃんは「N180」のお母さんです。お母さんって家族の真ん中にいるし、愚痴を言いたい時も聞いてくれる。お客さんや業者さんに対してはもちろん、僕たちに対しても建ちゃんが一番包容力を持って接してくれていると思います。
いやいやいや、一番ツンデレですよ(笑)。今ちゃん(今河)はアカデミックやね。細かく技術を語るので、学者担当です。
学者というか、オタクというか…。
今ちゃんはこの若さで西陣織工業組合の副理事長を務めた経験もあるからね。そういうポストは人間的に立派でないと選ばれませんよ。身体だけでなく人間も大きいということです。
そういう左由夫ちゃんも凄いよ。創造と破壊の神の「破壊担当」やし(笑)。
オッペンハイマーみたいやな(笑)。
製品を見ても分かる通り、個性が強いんです。唯我独尊。3人みんな個性が強いけど、左由夫ちゃんが一番強い。大庭家のDNAやな。
そうかなぁ…? 西陣はめちゃくちゃ個性豊かな人がいっぱいいますから。僕なんて普通ですよ、埋没してます。
西陣の普通は普通やないからな(笑)。
僕も左由夫ちゃんに関しては、全く異論はございません(笑)。
初期のYouTubeの動画で視聴者からの質問に答えるコーナーがあったんですけど、「大庭さんってどんな人ですか」という質問に、僕も宗ちゃんも口を揃えて「よく分かりません」って答えています(笑)。打ち合わせなんてしてないのに。
左由夫ちゃんは、僕たちの理解をはるかに超えてくるときがあるんですよね…。
編集部:そんな3社の個性が楽しめるのが公式YouTubeチャンネルの『箪笥きものレスキュー』ですね。ゲストが持参した着物のコーディネートを各社の帯で提案されていますが、撮影秘話を教えていただけますか?
収録のときは事前に写真を見せてもらって、30本ぐらい持っていきます。
お互いが何を出すかわからないので、「あ、そっちがそれを出すなら、うちはこっち路線でいこか」という感じで、その場の流れを見ながら提案しています。
「補色は左由夫ちゃんに任せて、うちはこっちにしよか」とかね。
そうそう。左由夫ちゃんは『補色王子』やから(笑)。
以前、撮影が終わってからゲストの方がいつも対丈でブーツを合わせていることが分かり、「それやったら帯も違ってくるな」と、全部収録し直したこともあります。
『箪笥きものレスキュー』を始めてから、YouTubeの登録者数も閲覧数もすごく増えたんですよ。
『箪笥きものレスキュー』は、この業界では珍しいマーケットインのアプローチなんですよ。普通、こちらからユーザーに販売する一方通行ですから、そういう意味でも「N180」にとって大事な取り組みです。
今では作られてないような面白い着物に出合えるのも、作り手として刺激があります。総手描きの小紋が登場したときはびっくりしたなぁ。
紬に友禅が施してある着物もあったね。「僕たちも価値はよう分からへんけど、面白いから絶対大事にしてね」とアドバイスしたり(笑)。それと、たまにレスキューを失敗して落ち込むときもあります。
あるある! 3社いろいろ持ってきても全然敵わへんときがありますね。
そこが面白い。3人のうち1人が冒険しだしたら流れが変わったり。ライブの即興演奏みたいなところがあって。
『箪笥きものレスキュー』に限らず、僕らは自分たちの活動をよくバンド活動に例えるんですよ。それぞれがソロのミュージシャンで、「N180」というバンドを組んでいる感じ。3人それぞれがあって、3人の調和で面白い音が出るという感じです。
編集部:西陣織業界初となる「機動戦士ガンダム」とのコラボレーションも大きな話題を呼びましたね。
京友禅の技法を用いてアニメの名シーンを表現。
「西陣織×機動戦士ガンダム」は、今ちゃんが持ってきた企画で大好評ですね。
コンテンツ産業と連携した新たな西陣織を提案していきたいと思い取り組んだ企画でした。ただ、ガンダムの版権には、メーカーの「バンダイ」「サンライズ」、広告代理店の「創通」が絡んでいて、この3社とのやり取りが一番大変でしたね。
完成までに3年かかったもんなぁ。
アニメの一コマから柄を作ろうとすると、丁寧な絵とはまた異なっていたり、遠近法からすると少しおかしかったのもあり、そのまま着物の図案には引用できなくて、何回も描き直しました。
金彩もあったり、かなり豪華な仕様だよね。
豪華、豪華。ガンダムとともに西陣織のかっこよさをアピールするよう言われたので、金糸銀糸に箔も使ってます。ガンダム好きの人に気軽に着て欲しいなと思って、組合が主催するレンタル着物事業で貸し出ししています。お好きな方、ぜひ借りて下さいね。
新しい挑戦でいうと、「NFT(Non-Fungible Token:非代替性トークン)」への図案提供も大きな一歩かな。最先端技術を活用し、ものづくりだけではなく西陣織の文化的価値も継承し、活かせるようになりましたね。
それぞれの人脈が広がるほど、「N180」ができることもどんどん増えていくのやろうね。
「N180」の活動で嬉しいのは、やはり着物ユーザーとの距離がぐんと近づいたことですね。定期的に『おいで180』という工房見学会を開催しているのですが、定員の何倍もの方が全国から応募くださり、参加者の抽選をさせていただいたこともありました。
工房見学は定期的に開催していますので、抽選にはずれた方もまた応募してくださるといいな。
西陣に新風を吹き込む挑戦や活動も「N180」があるからこそできる取り組みです。僕らの今後の取り組みも楽しみにしていただけたら嬉しいですね。
N180(エヌ・ワンエイティ)
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取材・文/白須美紀