奄美大島の豊かな自然への感謝と感動を込めて生み出す、モダンな装いが叶う「きょらさ」の大島紬。大島紬コーディネーターとして活躍する漆原かおりさんに新しい視点で創作する作品のこれからについてお伺いしました。
目次
ものづくりを通してモダンな装いを提案
大島紬の魅力を広げていく
神奈川県と故郷の奄美大島を行き来しながら、本場奄美大島紬の魅力を伝えるためにものづくりを続ける「きょらさ」の漆原かおりさん。自ら図案を描き型紙を彫って染める『奄美紅型』、袖やおくみと帯に印象的な絣の生地を使用して仕立ての段階からトールコーディネートする『変わり仕立て』など、独自の世界観で大島紬の魅力を広げています。それは、あるようで無かった新しい大島紬の楽しみ方ばかり。漆原さんの作品を手に取れば、私たち自身も大島紬の新たな発見ができるかもしれません。
豊かな自然への感謝を込めて
独自の奄美紅型を制作
モンステラ、アダン、ディエゴ、月桃などの亜熱帯植物や、アカショウビンやルリカケスといった南国の生き物たちなど、漆原さんが染める『奄美紅型』のモチーフは島の自然がテーマ。動植物たちをみずみずしくカラフルに染め出したもの、植物に青海波や麻の葉などをあしらい和の雰囲気に意匠化したもの、シルバーと紺で構成されたシックなモノトーンのものなど表現も多彩です。
「紅型を学び始めた10年前から、ずっと奄美の自然をモチーフに染めています。南国の動植物は個性的で、ついつい見惚れてしまうんです。次は何をどんなふうに表現しようかと考えている時間も楽しいですよ」と、漆原さん。
ブランド名の「きょらさ」とは、奄美大島弁で「きれいだね」という意味。その名の通り、漆原さんは亜熱帯ならではの植物や夕陽に輝く海など島の自然を見ては、「きょらさー」と感動した思いを作品に込めているのです。
図案を描き、渋紙に型を彫り、糊置きをして、色を刺す。漆原さんは紅型作家らしく、すべてを自分で手がけられています。亜熱帯植物の一つ一つの図を型彫りするために線で繋いで一つの世界観を生み出し、さらに紅型の工法「くまどり」の表現で大らかな南国らしさを表現することを考慮し制作されています。眺める絵画ではなく、『奄美紅型』はあくまでも大島紬を着こなすことが完成だと考えているそう。だからでしょうか、シックなイメージが強い伝統的な本場奄美大島紬も、漆原さんの『奄美紅型』の帯をまとうと一気に明るくモダンな雰囲気が演出できるのです。そして、それこそが漆原さんの狙いでもありました。
「本場奄美大島紬の生産は年々縮小されていて、明治以降20〜30万反あった生産量は、令和5年に3千反を切ってしまいました。もう一度多くの人に大島紬を着てもらい、その良さに気づいてもらいたい。そのためのきっかけづくりをしたいと思っています」。
インテリアコーディネーターから
大島紬クリエイターへ
漆原さんは奄美大島の名瀬市出身。実家は祖父の代から大島紬を織る「恵絹織物」を営み、小さな頃は職人さんたちが仕事する傍らで遊んでいたそう。漆原さん自身は織物とは無縁で、高校卒業後は大阪の短大に進み、卒業後は東京でインテリアコーディネーターとして活躍していました。インテリアコーディネーターは、暮らす人の空間をよりその人らしく居心地のよいものにするためのサポートでしたが、今では大島紬の着こなしをその人らしく、より楽しむためのお手伝いに移行したといいます。
「畑違いの若い頃の経験や奄美を外から傍観したことが、大島紬クリエーターとして活動する基盤になっています。生まれ故郷に貢献できれば一番幸せですね」。
「久しぶりに触った大島紬の生地の風合いがとてもよくて、同時に製造工程の大変さも思い出し、改めて大島紬の魅力に気づかされたんです。異素材と組み合わせたらどうなるかな、ビビッドな色と組み合わせたらお洒落になるかもしれないな、などと考えているうちにものづくりを始めていきました」。
そして、大島紬と異素材との組み合わせが世の中にあまり存在していないことに改めて思い至り、牛革の職人とコラボレーションし、バッグを制作。お披露目したところ評判を呼び、百貨店に出展が決定すると、あっという間に大島紬クリエイターとして活動されることになりました。
大島紬の伝統文様である”龍郷柄”をモチーフにした帯飾り「遊結」は、紐工芸作家・加藤成実さんとのコラボレーション商品で、大島紬に色遊びを加える提案のひとつ。中でも、夏糸を奄美の海や琉球ハグロトンボの羽の色をテーマにした糸染めやグラデーション整経を施した洋装用の縞大島のジレは人気アイテムだとか。2024年の新作では、奄美で採れる魚を思わせる華やかな配色の作品を制作されているとのこと。
実家の工場跡を活かし、
大島紬を身近に感じられるスポットに
大島紬のハギレを使うことからブランドをスタートさせた漆原さんですが、生地に触れるほど大島紬の魅力に目覚め、和装を意識するようになったといいます。紅型と同時に「きょらさ」の和装アイテムの代表格が、『変わり仕立て』の大島紬。コーディネートの視点から大島紬を見つめ直した作品で、泥染め黒無地と絣柄の二種類の反物を組み合わせて仕立ててあります。着物は無地がベースで、おくみや袖に柄物を配置。また、同じ柄で帯を仕立ててあります。すっきりとした装いの中に、帯揚げや袖口の色で粋な遊び心を取り入れることで、とてもモダンな雰囲気になります。
「こういう冒険が好きな仕立て屋さんとの出会いがあって、実現しました。楽しみながら仕立ててくださるのでありがたく思っています。実は、八掛も柄物なんですよ」と、嬉しそうに教えてくださいました。そんな漆原さんの次なる挑戦は、ご実家の工場跡の再生活用だといいます。
「工場だったビルに、道具や糸がたくさん残されています。それらを活かして大島紬に親しんでもらえる場を作りたいと考えています。街の中心に位置しているので、旅行者も立ち寄りやすく、奄美大島の観光のひとつになればと考えています」。
もともと漆原さんは、インテリアコーディネーターとして活躍されていた方。今は色々な方に相談してアイデアを練っている段階とのこと。一体どんな場所に生まれ変わるのでしょうか。期待に胸が膨らみます。
気さくなお人柄で島の作り手たちとも深く交流する漆原さんは、大島紬を大切に思う心も年々深まるばかり。これからも漆原さんは感動や感謝を大切にしながら、新しい大島の楽しみ方を広げてくださるに違いありません。
関連記事:「日本の染め・織り事典/本場奄美大島紬(鹿児島県)」
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きょらさ
鹿児島県奄美市名瀬金久町
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取材・文/白須美紀