伝統工芸探訪 第2回 東京手描友禅

産地/東京都

東京手描友禅の絵付けの様子


江戸時代の享保年間(1684~1687年)に京都の絵師が創始したと伝えられている友禅染め。江戸が政治の中心となり、染め師や絵師などの職人が江戸に移り住んだことで東京手描友禅は発展を遂げていきます。そして、京友禅、加賀友禅と並ぶ日本三大友禅のひとつとして、染め織物の代表的な存在となり、1980年に東京の伝統的工芸品に指定されました。

そこで今回は、江戸の町人文化を背景に独自の色合いや柄で伝統を紡いできた東京手描友禅の魅力を探るべく、伝統工芸士・岩間奨さん(東京手描友禅伝統工芸士会・会長)の工房を訪ねました。

東京手描友禅の金彩


粋な色合いで発展した東京手描友禅

豪華絢爛で豊かな色彩美をもつ京友禅、金沢の伝統色を基調に自然美を描く加賀友禅、そして東京は、侘び寂びを表現することを特長とし発展してきました。江戸時代、贅沢を禁止する「奢侈禁止令」により、着物の色数が絞られたことで、かえってシンプルなグレーやブルーを基調にした江戸の洒脱が注目を集めたといわれています。また、模様も江戸の風景「江戸解文様」などが描かれ、“粋”の影響が色濃く反映されています。

岩間さんいわく「東京は後から友禅の技法が伝わった土地なので、自由といいますか模様もモダンでバラエティに富んでいます。昔は“侘び寂び”の括りがありましたが、最近では京都や加賀との交流もあり、作風に明確な違いがなくなってきました。私自身、渋めの色よりも、きれいな古典的な色を使うことが多く、それを“東京の色合い”として、気にいってくださる方もいらっしゃいます」。

東京手描友禅の岩間奨さんの作品1

東京手描友禅の岩間奨さんの作品2


かつて2,000人以上の作り手がいた東京友禅

岩間さんのご実家は、友禅染の工程のひとつ「糊置」の専門工房だったことから、この世界に入ることは中学生の時には決めていたそう。高校では染色科に通い、卒業後には古典柄など日本画の表現を得意とする師匠に弟子入りし、住み込みであらゆる技術を学んだといいます。
「当時、野球チームができるほどお弟子さんを抱えているところもありました。東京都工芸染色協同組合に登録している作家だけでも500名ほどいましたので、登録していない人も合わせると、2,000人以上の作り手さんがいましたね」。

しかし、オイルショックにより景気が低迷すると、市場の需要も減り、仕事量も減っていきました。「最盛期は分業制でしたが、生き残っていくためには、分業にするより一人の作家が下絵から色挿し、染め付けなどの複数工程をやったほうがいいわけです」。
時代のニーズや需要に合わせ、柔軟な姿勢で幅広い作品を制作してきたという岩間さん。
「私の仕事の9割が請負ですが、70歳になった今、コロナがあったにも関わらず、ここ10年で一番忙しくさせてもらっていますね」笑。

東京手描友禅の岩間奨さん

数々の伝統技が織りなす東京手描友禅

多くの手作業を経て完成する東京手描友禅は、まるで絵を描くように彩り豊かに生地を染めていく日本独特の染め模様に魅了される技術です。その工程は、構想から仕上げまで大きく分けて、なんと12の作業が展開していきます。
まずは、下絵。白生地や付け下げなどの着尺の生地に構想した図案の模様を線描きします。露草の花汁を原料とする青花液を筆に含ませて描いていきます。青花は水で洗うと消えます。

東京手描友禅

次に、輪郭線に沿って糊を細かく絞り出し、その内側を糊で覆っていく「糸目糊置き」の作業に入ります。もち粉に糠、塩少々を練った“もち糊”や“ゴム糊”などを筒紙に入れ、押し出しながら下絵に沿って生地の表面に置いていきます。染め上がったときに糊の線が糸を引いたように白く残るので糸目と呼ばれます。線がわかりやすいよう、蘇芳(すおう)を混ぜて赤く着色させた伝統的な糊もあります。


糸目糊を生地に密着させる作業「地入れ」が済んだら、糸目糊置きの内側の模様に小さな刷毛や筆で染料液をさす「手描友禅挿し」へ。

東京手描友禅の岩間奨さんの絵付け

その後、生地に地染めをする「引染」、蒸しの作業や「水元」と呼ばれる洗い流す作業、さらに「上湯のし」で型を整えたら、刺繍や金箔など「仕上」の工程に入ります。金加工とも呼ばれる「金彩」は、染め上がった生地に金や銀の箔、金粉を接着加工させる技術です。着物の格や染めとのバランスを見て金彩を施していきます。

技術の集大成!圧巻の金彩技法

金彩の技法は様々あります。今回、岩間さんが披露してくださったのは、「押し箔」という接着技法で、加工したい部分に接着剤を置き、箔を乗せていくもの。箔はふわふわと飛びやすいので、夏でも無風の環境で行うとか。ちなみに岩間さん愛用の「箔はさみ」は、師匠から独立するときに譲り受けたもので40年以上使い続けているそう。

東京手描友禅の金箔

こちら筒は、「金線描き」「筒描き」という、模様の中に金線を入れていく技法の時に使うもので、素材は和紙で渋柿が塗ってあります。金線が細いほど品格を感じる仕上がりになり、岩間さんの道具の中にも様々な細さの先金が揃っています。

伝統工芸を次の世代に継承していくために

後継者問題が深刻な着物業界ですが、東京手描友禅に関しては、女性の工芸士の活躍が目覚ましいという岩間さん。「複数工程を一人でやるとなると、道具も材料もたくさん必要になってきますし、覚えることも多い。それでも若手が頑張ってくれているのは嬉しいですね。彼らに技術を伝えていくのはもちろん、次世代を担っていく子どもたちに東京手描友禅の魅力を伝えていく取り組みも”染め体験”などを通して積極的に行っています」。

こちらの振袖は「第58回染芸展コンクール」で関東経済産業局長賞を受賞した女性作家・上田環江さんの作品『竹取物語』。この作品に対して岩間さんは「日本最古の物語を現代的な感覚で解釈した構図と表現方法の完成度が高いデザインです。振袖がもつ華やかさの中で色数・色調を抑えて落ち着きを醸している点は、東京手描友禅の特色に富んでいるといえます」と評価。

最近では、インクジェットの導入で染めの手段が多様化していますが、手描ならではの立体感や奥深さは、職人さんたちの手仕事でしか表現できない醍醐味といえます。絹に描かれた華やぎは、まるで一幅の絵画のような芸術性を宿し、その技術は岩間さんや若手の活躍により、次世代にも受け継がれていくことでしょう。

「日本の染め・織り事典/東京手描友禅(東京都)」


取材協力/東京手描友禅作家・岩間奨さん
東京都工芸染色協同組合 理事長
東京手描友禅伝統工芸士会 会長
日本伝統工芸士会 副会長
関東伝統工芸士会 会長

<東京都工芸染色協同組合>
東京都新宿区中落合3-21-6
Tel:03-3953-8843
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