伝統工芸探訪 第8回『輪奈ビロード』

産地/滋賀県

戦国時代に渡来した技術を受け継ぎ
湖北の地で洗練をとげた輪奈ビロード

1枚の布のなかに3つの異なる風合いが同居する、不思議な絹織物があるのをご存知でしょうか。無地の上にパイル織でふっくらと模様が広がり、しかも模様の一部はしっとりと色や光沢が変わっています。その織物とは、滋賀県長浜市で生産されている伝統工芸品の「輪奈ビロード」。近頃目にすることがめっきり減ってしまったビロード織物の一種で、紋織とビロード織が融合した貴重で稀少な技術です。

軽くて暖かく、一色なのに華やかさも兼ね備えた輪奈ビロード。その魅力を探りに、滋賀県長浜市にある織元の「タケツネ」を訪問しました。

輪奈で織った紋織の
一部をカットしてビロードに

琵琶湖の北東部に位置し、かつて北国街道の宿場町として栄えた長浜市。黒壁スクエアなどの観光エリアはもちろん何気ない住宅街にも古い町並みが残されており、歩くだけでも風情を感じさせてくれる町です。そんな長浜は「浜ちりめん」に代表される絹織物の産地でもあり、この地でつくられる「輪奈ビロード」は、「網織紬」とともに県の伝統的工芸品にも指定されています。

ビロードとは、パイル織りの表面を毛羽立たせ、すべらかな手触りにしあげた布のこと。漢字では天鵞絨と書きますが、白いビロードの光沢が白鳥(天鵞)の羽のように見えることに由来するそうで、つややかな見た目もまたビロードの魅力です。
布をパイル地に織るために使われるのが、細い針金のような芯材です。これを緯糸として織り込み後から抜き取ると、浮いた経糸が輪奈(ループ)になります。さらにその輪奈の頂点をカットすれば、表面が毛羽立ったビロードが完成します。
タケツネの輪奈ビロードは、ビロードにする前の輪奈の部分が主役の織物。草花や格子などのさまざまな紋様が、輪奈で織り出されています。

「美しい織り上がりにするには、地織の部分と輪奈の紋織部分の配置バランスが大事なんですよ。色が濃く見える部分は、輪奈を小刀で切ってビロードにしています」とお話くださったのは、タケツネの代表取締役である武田規与枝さん。
なるほど部分的に色が濃く光沢のある部分は起毛しており、手触りもすべらか。ところどころに効果的に散らされていることで、紋様のよいアクセントになっています。輪奈のまま残した部分とカットした部分で、染め色は一色なのに濃淡が生まれるのも興味深く、思わず惹き込まれてしまいました。

女性たちの細腕が支える
タケツネのものづくり

そもそもヨーロッパで高級装束に使われてきたビロードが日本に伝わったのは、天文年間(1532~55)のこと。日本で織り始められたのは、それから100年ほど時代を下った江戸時代の慶安年間(1648〜52年)だと伝わっています。
「最初はどうやって織るのか分からなかったのですが、たまたま芯材の銅線が残ったままの生地が見つかって、西陣の職人が解明したそうです。輪奈ビロードがこの地で発展したのは、彦根城主である井伊家が藩の産業として奨励したためなんです。現在では銅線ではなく、軽いポリエチレン製の芯材を使っています」と、規与枝さんはポリエチレンの芯材がまだ残ったままの反物を見せてくださいました。

この特殊な反物を織り上げているのは、先代の社長の娘さんで規与枝さんの従姉妹です。糸を変えたり機械調整をしたりと、一人で複数の織機を手早く操作。風合いを損なわないよう、ゆっくりと一定のスピードで織る必要があり、一反を織り上げるのに3日ほどかかるといいます。

若い織り手さんによって希少な織物が生みだされている様子はとても頼もしく、かっこよく、伝統ある織物が現代に受け継がれている様子はなんとも嬉しい光景でした。

織り上がったら、経糸の輪奈部分をカットする「紋切り」と、ポリエチレンの芯材を抜き取る「針抜き」の工程へ。担当するのは、規与枝さんや先代社長の奥様など4人の女性たち。細い絹糸を正確な数だけ切るというのはとても難しく繊細な作業ですが、みなさん迷いなくどんどん切り進めていきます。規与枝さんによれば、全員が自分専用の小刀をお持ちなのだそう。

「持ち主それぞれに癖があるので、他の人の小刀は使いづらく、失敗につながってしまうのです。ポリエチレンの芯に当たるせいで刃の摩耗も激しいので、自分自身の小刀を調整して、いつでもベストの状態にしておくことがとても大事です。生地を切ることよりも小刀を研ぐほうが難しいんですよ」。

また、「針抜き」も神経を使う繊細な作業で、芯材を糸にひっかけて布に傷がついてしまわぬよう感覚を研ぎ澄ませ、集中して抜きとっていきます。

芯材は一反に1万5000本ほど入っているそうで、引抜くだけでもかなり大変な作業と労力。必要な箇所の経糸を切ったうえで、一本一本抜いていくのですが、ポリエチレンの芯材は摩擦熱で溶けてしまうため、引き抜く速度や加減にも熟練の技が必要となります。手で引き抜けない時にはペンチを使うことも。考えただけでも気が遠くなるこの細やかな手仕事こそが、輪奈ビロードの美しさを支えているといえます。

先代の意志を継ぎ挑戦を続け
輪奈ビロードの可能性

江戸時代からつくられてきた歴史ある輪奈ビロードですが、現在は生産量が激減。
「昭和の最盛期には長浜に900軒近くの輪奈ビロードの織元があったといわれていますが、現在は私たちを含めて2〜3軒のみです。ほかの工房さんは下駄や草履の鼻緒を織られていますので、コート地をつくっているのはうちだけになりますね」。

二代目だった規与枝さんのご祖父様が、「コート地は流行り廃りがないので、続けていきなさい」と遺言されたそうで、六代目の規与枝さんも、その教えを守り続けているといいます。

また、先代の社長は様々な挑戦に取り組まれたそうで、例えば、冬コートの代名詞でもある輪奈ビロードを春や秋にも楽しめるよう、透け感のある紋紗生地を制作。織れる職人さんの高齢化で今は新規で生産していない希少な作品です。

また、百貨店での一般消費者に向けた和装小物の直接販売も精力的に展開。本来は問屋や小売店の依頼で輪奈ビロードを織られていますが、「タケツネ」オリジナルの紋様をつくって年に数回催事でも販売しているといいます。ネットショップなども整備し、ストールなどの小物も販売。さらに先代は、コートだけではなく輪奈ビロードの着物も開発したそうで、規与枝さんも催事のときには必ず纏われているそう。

輪奈ビロードの一番の特徴は、軽くてシワになりにくいこと。染め色は一色なので、着物や帯に合わせやすくスタイリングに重宝します。コートの場合は内布の選び方で、さらに個性も演出できるはず。

「お手入れは、ほかの着物地と同じです。事前にガード加工しておけば、少し濡れたくらいなら問題ありません。座りシワが気になるときは、スチームアイロンで伸ばしていただくとよいでしょう。ただ、スチーマーなどの蒸気を長い時間当てすぎるとその部分の生地が伸びてしまうのでご注意くださいね」。

美しい紋とビロードが融合した輪奈ビロードを纏えば、一味違う装いが楽しめることでしょう。そして同時に、長浜の地で女性たちの細腕によって守り継がれる、歴史ある織物を身につける誇りと喜びにも満たされるはずです。

関連記事:「日本の染め・織り事典/輪奈ビロード(滋賀県)」

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タケツネ
滋賀県長浜市朝日町36の20
TEL 0749-62-0310
WEBサイトはこちら>>
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取材・文/白須美紀

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