伝統工芸探訪 Vol.12・京都|織よし

京都・西陣で、三代にわたり帯地の製織を続けてきた「織よし」。上質な素材と確かな技を大切に、独自の帯づくりを追求しています。その最大の特徴は、表地と裏地を同時に筒状に織り上げる「本袋帯」。なかでも、和紙に金銀箔などを施した「引箔」を織り込む技術は、西陣でも限られた職人が担う希少なものとなっています。軽さとしなやかさを備え、着物を引き立てる洗練された意匠。そして、締めたときにこそ実感できる上質な仕上がり。京都の工房を訪ね、三代目の西陣織伝統工芸士・岡本義一さんに、精緻な製織技術と、その作品を纏う方への想いを伺いました。
この記事でわかること
- 三代にわたり受け継がれてきた織よしの歴史
- 表地と裏地を同時に織る「本袋帯」の製織技術
- 軽さと締め心地を追求した素材と織りの工夫
- 引箔と絹糸が生み出す美しい光沢と意匠
- 本袋帯の表返しとご夫妻による帯づくり
目次
受け継がれる西陣織の技術と美意識

かつて多くの織元や職人たちが軒を連ねた京都・西陣。その一角に、西陣織の工房「織よし」があります。中に足を踏み入れると、5台の織機が並び、帯づくりの現場が広がっています。織機に向き合うのは、三代目の西陣織伝統工芸士・岡本義一さん。約40年の経験を重ね、素材選びから意匠の表現まで細部に心を配りながら、日々製織に取り組んでいます。織よしが目指すのは、「美しい帯」。華やかさを競うのではなく、着物の柄を邪魔せず、むしろその魅力を引き立てること。工房で見せていただいた帯は、絹糸の艶やかな光沢と端正な意匠が印象的で、控えめながらも確かな存在感を放っています。

織よしの歩みは、1945年(昭和20年)、初代が手機による製織を始めたことにさかのぼります。以来、西陣織の技術を磨きながら、老舗メーカーの帯地を手がけてきました。長年の経験を生かし、2019年(令和元年)には自らの名を冠した「織よし」ブランドを始動。伝統の技術に現代の感性を重ね、着る人の装いに寄り添う、美しい帯を生み出しています。
表裏を同時に織り上げる「本袋帯」
織よしを特徴づけるのが、「本袋帯」の製織技術です。本袋帯とは、表地と裏地を同時に筒状に織り上げる袋帯のこと。両者を別々に織って縫い合わせる「縫い袋帯」とは異なり、両端に縫い代がありません。また、表裏の経糸にかかる張力を均一に保ちながら織ることで、生地同士の添いがよく、すっきりとした仕上がりになります。
完成した帯を見ただけでは、その違いに気づきにくいかもしれません。しかし、実際の製織工程を拝見すると、複雑な仕組みと精緻な技術に驚かされます。工房の織機には、表地、裏地、そして文様を押さえるための経糸がそれぞれ設けられています。取材時に織られていた帯は、幅約31cmに対して経糸が8,100本。その膨大な数の糸が、緻密な織物を形づくっているのです。

さらに難しいのは、製織中に表地の状態を直接確認できないこと。通常は織機に取り付けられた鏡で織り上がりを確認しますが、本袋帯では鏡に映るのは裏地のみ。表地に織傷がないかどうかは、完成後に帯を表返すまで分かりません。岡本さんは、織機を動かしながら帯の端や糸の動きを注意深く観察するといいます。経糸が一本切れただけでも織傷につながるため、わずかな異変も見逃せません。また、織機の音も、状態を見極める大切な手がかりになるそう。
「織機にはそれぞれ固有の音やリズムがあります。長年の経験から、一台一台の音を把握しているので、作業中でも別の織機のわずかな音の変化から異常に気づくことができるんです」
糸の動きを見極め、織機の音に耳を澄ませる岡本さん。その細やかな観察力と、経験によって培われた確かな感覚が、精緻な本袋帯の製織を支えています。
軽さとしなやかさを追求した本袋帯

織よしが大切にしているのは、見た目の美しさだけではありません。岡本さんが目指すのは、締めたときにこそ品質の高さが感じられる帯。その理想を形にするため、素材から織りの密度まで、細やかな工夫を重ねています。使用するのは、美しい光沢と風合いを備えた上質な絹糸。その品質は帯の仕上がりを大きく左右するため、糸選びにも妥協はありません。
岡本さんによると、帯の風合いを決めるのは、緯糸の太さや本数、そして打ち込みの強さと密度。強く打ち込めば生地は硬くなり、反対に緩くすると柔らかくなるものの、帯に必要な張りが失われてしまいます。こうした微妙な調整と試行錯誤の末、現在、織よしが理想とする質感を生み出すために採用しているのが、細い絹糸を5本合わせた緯糸です。糸の本数と打ち込みの加減を見極めることで、適度な張りと柔らかさを両立させています。

また、本袋帯は両端に縫い代がないため、畳んだ際にも余分な厚みが生じにくいという利点があります。織よしでは、この構造を生かし、軽やかで身体になじむ帯に仕上げています。取材で拝見した帯の重さは、意匠によって異なるものの、およそ500〜700g。実際に手に取ると、その軽さと絹ならではのしなやかな質感が伝わってきます。
仕立てにも、纏う人の立場から工夫が施されています。着付け師でもある奥様が実際に帯を締めて外出し、着崩れの有無や身体へのなじみを確認。帯芯の厚さについても複数の種類を試し、最適な仕立てを見極めているといいます。
素材、織り、仕立て、そして実際の着装まで。細部への心配りの積み重ねが、織よしの本袋帯ならではの上質な締め心地を生み出しているのです。
引箔と絹糸が生み出す意匠美

本袋帯の製織に加え、織よしが得意とするのが「引箔」の技法です。引箔に使用する「模様箔」は、和紙台に金や銀の箔を貼り、その上にラッカーや漆でぼかしを施したり、模様を描いたり、さらに金・銀・色金などの砂子を散らすなど、幾重もの工程を経て製作されます。こうして仕上げられた模様箔の原反を、専用の裁断機で約1mmの細さに裁断。細く裁断した箔を、模様の連続性を保ちながら、織機の引箔装置を用いて一本ずつ織り込んでいきます。箔の模様を正確につなぎ合わせることで、帯地には美しい意匠が浮かび上がります。光の当たる角度によって色彩や輝きが変化する、絹糸だけでは表現しきれない豊かな表情が、引箔ならではの魅力です。

この引箔を本袋帯に織り込むには、さらに高度な技術が求められます。細く裁断された箔を正確に通し、連続する文様を美しくつなげていく。その緻密な作業には、職人の豊かな経験と繊細な感覚が欠かせません。岡本さんが特に大切にしているのは、金銀の輝きを前面に押し出すのではなく、絹糸そのものの光沢を引き立てること。箔との組み合わせや、文様を押さえる糸の使い方に工夫を凝らし、それぞれの素材の持ち味を生かしています。

意匠は、古典的な笹蔓文様から、アール・ヌーヴォーをモチーフにしたものまで多彩。伝統的な文様に現代的な色彩を取り入れるなど、独自の美意識が表れています。配色にも、着装を見据えた工夫が見られます。例えば、5色を使い分けた帯では、お太鼓にしたときに文様が美しく収まるよう、色の配置や繰り返しの間隔まで計算。複数の色彩を効果的に取り入れることで、幅広い着物や帯揚げ、帯締めとの組み合わせを楽しめるようにしています。
岡本さんが目指すのは、さまざまな装いに自然になじみ、何度でも締めたくなる帯。日々の着物選びで頼りになる一本として、長く愛用してほしいと願っています。伝統的な技法に洗練された色彩感覚を重ね、着物の美しさを引き立てる。織よしが掲げる「美しい帯」という理念が、その作品に結実しています。
絹鳴りが響く本袋帯の「表返し」

本袋帯の製作工程で、ひときわ目を引くのが「表返し」です。表地が内側になった状態で織り上がるため、帯を表側へと返すことで、初めて美しい文様の全貌が姿を現します。岡本さんご夫妻が帯の両端を持ち、呼吸を合わせながら少しずつ表返していくと、「キュッ、キュッ」と小気味よい音が響きます。これは、絹が擦れ合うことで生まれる「絹鳴り」と呼ばれるもの。ご夫妻は、この共同作業を40年以上にわたり続けてきたといいます。
「普段は意見が食い違うこともありますが、この作業のときだけは、しっかりと息を合わせなければなりません」
そう笑う奥様。二人の手際のよい共同作業には、長年ともに歩んできたご夫妻ならではの信頼関係が感じられます。
岡本さんご夫妻による表返しの様子と、絹が擦れ合うことで生まれる独特の音色をお楽しみください。
しかし、表返しは単なる仕上げの工程ではありません。製織中は表地を確認できないため、初めてその出来栄えを確かめる、緊張の瞬間でもあります。時には、裏側からは分からなかった織傷が見つかることもあるそうです。一方、新しい図案で製作した最初の一本には、特別な期待が込められています。試し織りでは分からなかった色彩の広がりや光沢が現れ、思い描いた仕上がりになっていると、その喜びもひとしお。奥様によると、完成した帯を吊るし、夜になっても飽きずに眺めていることがあるのだとか。
「自分の子どものようなものですね」
岡本さんのその言葉からは、自らの手で生み出した帯への深い愛情が伝わってきます。
女性の感性を生かした帯づくり

織よしのものづくりには、岡本さんの職人としての技術に加え、実際に着物を纏う女性の感性も生かされています。西陣織の製織は、伝統的に男性の職人が中心となって担ってきた側面があります。岡本さんは、作り手の美意識だけでなく、帯を締める女性の意見を取り入れることが大切だと考えています。
「女性のお召し物なので、やはり女性目線の感覚も取り入れることが大切です」
新しい意匠を考案すると、試し織りを行い、奥様や娘さんにも意見を求めるそうです。配色や文様の見え方について寄せられた声を参考に、試作を重ねることもあるといいます。作り手の考えだけにとらわれず、身に纏う人の声に耳を傾ける。そうした柔軟な姿勢が、織よしの意匠や色彩表現に新たな広がりをもたらしています。

一方、西陣織の産地では、職人の高齢化や後継者不足が課題となっています。西陣織は、多くの専門職人の技術に支えられ、分業によって成り立つ伝統工芸です。糸を染める職人、経糸を整える職人、箔を製作する職人、それを細く裁断する職人など、一つの帯が完成するまでには、さまざまな工程と技術が関わっています。
岡本さんは、こうした専門職人の誰か一人が欠けても、帯づくりが成り立たなくなるといいます。さらに、長く使い続けてきた織機の維持や修理にも専門的な知識が必要であり、産地を支える技術を次世代へつないでいくことの難しさを感じているそうです。そのような状況にあっても、織よしは素材の品質を大切にしながら、長く愛用される帯づくりを続けています

催事では、以前購入した帯を締めて再び訪れてくださるお客様もいるそうです。岡本さんご夫妻にとって、愛用者から寄せられる「締めやすかった」という言葉は、何よりの喜びだといいます。京都・西陣の工房に響く、織機の規則正しい音。その響きは、長い年月をかけて受け継がれてきた技が、今も確かに息づいていることを伝えています。
三代にわたる製織技術を礎に、現代の装いに寄り添う美しさと締め心地を形にする織よし。伝統を大切に守りながら、次の時代へと歩みを進める作り手の誇りが、織り上げられた帯に宿っています。
西陣織 読み・にしじんおり産地・京都府京都市 西陣織(にしじんおり)は京都府京都市の西陣地域で生産されている日本を代表する絹織物です。西陣とは京都の北西部(上京区、北区)にあたる地域の名称をいい、1000年以上の歴史を誇ります。歴史は、5~6世紀頃に秦氏により伝えられた養蚕...
取材協力
株式会社 織よし
京都市上京区上御霊前通新町東入継孝院町73番地
TEL:075-451-6337
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